大聖院通信vol.4 「お寺の名前の由来」

どうだんの紅葉
どうだんの紅葉

木枯らしが吹いて、桜もみじが散りはじめた。もうじき秋もおわりだ。先日、十数人の小学生がお寺を見学にきて、いろいろな質問をしていった。

「誰がいつ建てたのか?」「ご本尊さまは?」「なぜ大聖院ができたのか?」「お寺の名前の由来は?」などなど。真剣な眼差しを向けられて、答える方にも力が入る。

紫色の菊
紫色の菊

 大聖院という寺の名前は、ご本尊さまに由来する。

 “大聖不動明王(だいしょう・ふどうみょうおう)”をご本尊さまとするお寺、ということになる。大聖とは「この上なく尊い」という意味である。

 言い伝えによると、大聖院の不動明王は、平安時代に活躍した円仁(えんにん)というお坊さんによって手づから彫られた、という。そしてその後、鎌倉時代になってお寺が建立された。

 ここで、円仁(えんにん)というお坊さんについて、簡単に紹介したい。

 円仁は、延暦13年(794年)、下野国(現在の栃木県)に生まれた。幼い頃から寺に入門し、15才で比叡山(滋賀県)にのぼり、日本天台宗の開祖・最澄(さいちょう)のもとで修行に励んだ。45才で遣唐使の一員として唐(中国)に渡り、約10年間滞在して様々な教えを学び、多くの経典を日本に持ち帰って、天台宗の充実発展に努めた。なお、この滞在中に記録された『入唐求法巡礼行記』(にっとうぐほうじゅんれいこうき)は、世界三大旅行記の一つとされる。貞観6年(862年)1月14日に71才で亡くなり、没後に「慈覚大師(じかくだいし)」という尊号を賜った。

 円仁やその弟子たちは、都から遠く離れている東国(関東や東北など)に暮す人々の平穏を願って、この方面への布教活動にも力を注いだ。その足跡を伝える円仁ゆかりの寺院や仏像などが、関東地方に約250ヶ寺、東北地方に約100ヶ寺もある。神奈川県内には約30ヶ寺あって、箕輪の大聖院もその一つに数えられる。

 

どうだんの紅葉
どうだんの紅葉
カリンの木
カリンの木

カリンの実
カリンの実

 来たる平成25年1月には、慈覚大師円仁の1150年御遠忌をむかえる。円仁たちが願った平穏な暮らしが、震災の傷跡がなかなか癒えない地に戻ることを心から祈る。(副住職孝善)

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